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前編では現状では生食できる昆虫は存在しないこと
中編では、味覚センサーを使って生食が美味しい昆虫の探索は既に技術的に可能であることを
紹介しました。

最後に
後編では法的な概念である「家畜」を生態学的に再解釈して、

「生食できる昆虫」のための衛生管理や法整備を提案していきましょう。
更に「生食できる食品は生食すべきか」という食の倫理まで考察してみます。


先に、
危険性には、ハザードとリスクがあることを説明しておきます。

ハザードは予見可能な危険性を示します。
社会的影響力の強さで評価されます。

リスクはハザードに対し、危険な状態となる確率を掛けあわせたものです。

リスクから見ると、
ヒトには感染防御機構があるので、
食品を少し生食したからといって、重篤な感染症になる確率は低いのです。

ですが、ハザードから考えると、
危険性は社会的影響力の強さで評価されますので、
食品安全への予見可能な危険性を放置することは、たとえ確率が低くても、
つまりリスクが低くても
起きた時の社会的影響が強いので、厳しく管理されることが望ましいでしょう。


余談ですが、
ワクチンも同様に理解できます。
ある人がたった一人、ワクチンを打たなかったからといって、
その人がその感染症にかかる確率は低いので、
本人にとってさほどリスクの高いことではありません。
「ワクチン不要論」でよく使われる営業手法です。

ですが、
そのようなヒトが広がった時に、アウトブレイクと呼ばれる感染爆発が
起こりやすくなりますし、ワクチンを接種できない別の疾病を持つ人が
ハザードに晒されます。

それは予見可能で、ワクチン接種で劇的に抑えることが可能なので
多くの重要なワクチンは接種が義務付けられているのです。


話を戻します。

陸生動物の生食は、本来の宿主でない寄生虫がヒトに感染した時
重篤なハザードを引き起こします。これを迷虫といいます。
件数は少ないですが、命にかかわることです。

そして寄生虫だけでなく、感染性微生物についても
加熱をするだけで、劇的に危険性をゼロに近くできます。

現状のデータでは、
「生食できる昆虫はいません」し
「生食のほうが誰もがおいしいと言う昆虫は見つかっていません。」

そして、
「昆虫食における危険性をゼロに近づける方法」として、
加熱は劇的な効果があります。
(食物アレルギーは加熱では回避できないので、別途まとめます。)

なので、
生食できる昆虫は、これから未来に登場するかも
としか言えないのです。


そこで、
「未来の家畜昆虫の生食の可能性」について考えてみましょう。

採集品の生食が可能なのは、動物では海産物のみです。
淡水域や陸上の野生動物は、不特定の感染源に接触しているので
ヒトに感染可能な寄生虫や微生物を管理しきれません。

もちろん
海産物においても、胃液に強いアニサキスなどがありますので
全て安全というわけではありませんが、今回は割愛します。

養殖モノで、海産物以外で生で食べられるガイドラインがあるものは
馬肉、牛肉、鶏卵、などがあります。
これらはどのようにして、生食可能と判断されているのでしょうか。


ここで、
「家畜」を法的なものから拡張し、種や体サイズによらないものとして
再定義してみます。
「利用可能な有機物を転換する従属栄養生物」としてみましょうか。

なぜこうするかというと、
昆虫は養蜂と養蚕のみ家畜として法的に認められているのですが、
他の食用昆虫について、単純に
養蜂・養蚕の枠組みを拡張するだけでは多様な用途が想定されている
食用昆虫に対応できません。

食品衛生の法的な枠組みを理解し、
そこから昆虫食のあるべき衛生管理を考察しましょう。



参考になるHPとして「日本オーストリッチ協議会」のサイトがありました。
http://japan-ostrich.org/topics/view/4617080876
とてもいいです。

余談ですが

ダチョウといえば、
先日岐阜県から脱走して、その後首に木の枝が刺さった状態、つまり
「モズのはやにえ」のような状態で見つかったことで私の中で話題になりましたが。

実は法的には
「家畜である場合と家畜ではない(家畜と判断されない)場合」があるのです。


以下引用します。

家畜伝染病予防法
オーストリッチを10羽以上飼養している農場は、飼養する生体に死亡または異常が生じた場合、地元の防疫監視当局(家畜保健衛生所等)へ報告することが義務付けられている。

家畜排泄物処理法
家畜排せつ物」とは、牛、豚、鶏その他政令で定める家畜の排せつ物をいうとなっており、現在のところダチョウはその対象とされていない。

飼料安全法
この法律で定義されている家畜は、牛、豚、めん羊、山羊及びしか、鶏及びうずら等であり、他にもみつばち、ぶり、まだい、ぎんざけ、こい、うなぎ、にじます及びあゆ等が対象となっている。ダチョウは、この法律の家畜には対象となっていないため、牛用や鶏用に製造され販売されている飼料をダチョウに給与することは違法ではないが、ダチョウにとって適正な栄養価であるか否か、或いは安全性に支障はないか等については管理者責任によると解釈される。

食品衛生法
同法には、営業する業種別に営業施設基準が規定されており、所管の都道府県の条例で決められており、営業をしようとする者は都道府県知事の許可を必要とする。ダチョウをと畜解体処理する場合には「食肉処理業」となり、肉をハムやソーセージなどに加工する場合には「食肉製品製造業」、処理された肉をパッケージして販売する場合には「食肉販売業」となる。因みに「食肉処理業」とは、食鳥処理の事業の規制及び食鳥検査に関する法律(食鳥検査法といい、鶏、七面鳥、アヒル等が対象)に規定する食鳥以外の鳥若しくはと畜場法(と場法ともいい、牛、馬、豚、めん羊、山羊等が対象)に規定する獣畜以外の獣畜をと殺し、若しくは解体し、又は解体された鳥獣の肉、内臓等を分割し、若しくは細切する営業をいう。


さて、
昆虫については、関係各所に問い合わせましたが
「家畜かどうか判断する部署がない」そうです。

だからといって
「だれがどう提供しても自由であり、食べた人の自己責任」
とはなりません。

ダチョウと同様に
「管理者責任によると解釈される」のです。

ダチョウの飼養に関しては、管理者責任をもって、
対象外である排泄物や飼料に関しても家畜と同等の自主的な管理を行っています。

昆虫食でも、同様に
ふさわしい管理方法を考え、提案していくのが、自称専門家の務め
だと思います。

先に示した再定義

「利用可能な有機物を転換する従属栄養生物」の枠組みから、
食品衛生の考え方をざっくりとした部分から見てみます。


大きな枠としては、
微生物を利用した発酵、大動物を利用した家畜、キノコ栽培のような農産物まで
「食品加工の一種」とみなすことができます。

つまり食品衛生法で管理されることが王道です。
そして食品加工>家畜>農産物の順に、条件がつき、安全管理がゆるくてもよくなります。

逆に言うと、
家畜や農産物がきちんと育つことそのものが、安全管理の証明とみなされている、
といえるでしょう。

以下は行政の判断を待たなければなりませんが、
可能性のある3パターンに分けて考えてみましょう。


食品加工と同等と判断された場合

微生物発酵と同じように昆虫養殖も食品加工とみなされた場合
昆虫は種苗として単一のものが求められるでしょう

食べさせるものは食品原料のみが許され、フンと消化管内容物に有害な物質が検出されないことが
必須です。また、食品原料も加熱処理が必須となる可能性もあります。

生食の可能性を左右するのはフンの衛生度でしょう。
バッタなどは共生細菌の力を借りないイメージがあります(まだ報告されていないだけですが)
加熱処理した無菌の草を食べさせ、フンも無菌のバッタならば
もしかしたら生食ができるかもしれません。

もちろんバッタ醤油があるので、茹でたほうがおいしいでしょうが。

「家畜」と同等に判断された場合

家畜生産では、食品原料の安全基準よりゆるい飼料安全法によって管理された「飼料」を使うことが出来ます。これは、家畜が健康に育つことが、ひとつの飼料の安全性の担保となっているから、と解釈できます。

また、家畜の排泄物は食肉処理時に消化管を取り除き、完全に分離する必要がありますので、
人体にとって有害な物質は家畜の機能により、排泄物へと分離されていることが期待されている、と言えるでしょう。

昆虫が家畜と判断された場合、生食できる鶏卵とウシ、ウマの肉と同等の衛生管理が摘要されるでしょうからフンに食用に適さない物質が含まれていても、蛹化や脱皮時に消化管内容物を排出することで、汚染がないと判断される可能性もあります。
生で食べられるのは、消化管を取り除き、肉をトリミングしたものや、
それから無菌培養した細胞塊、そして卵だろうと思います。

先に述べたバッタや
わりと大型でさばくことのできるマダガスカルオオゴキブリ、その卵、昆虫の培養細胞あたりが生食の候補になりそうです。体サイズが小さいので、なかなか難儀です。

「農産物」と同列に判断された場合

キノコの場合、木質バイオマスや、堆肥など、そのままでは食べられない動植物性の有機物を転換することができます。
そして、子実体を収穫することで、それらとは完全に分離されることが期待されています。

今回は割愛しますが、
キノコの生食ができない主な理由は感染性の微生物ではなく、キノコが本来持っている防御機構が
人体に有害で、加熱によって回避できるからです。

この判断となれば、堆肥として利用される家畜排泄物を、ハエ養殖で転換し、食用や飼料として
再利用する方法まで、利用可能性が広がります。

ただ、
堆肥の場合は発酵による熱殺菌も期待されているので、熱に弱い昆虫による転換では、
検査結果次第では難しいかもしれません。

もしいい結果が出れば、
堆肥由来のハエの蛹や木質バイオマス由来のカミキリムシの蛹、クワガタの養殖モノが安全検査を合格して生食用として出回るかもしれません。


ということで、
三段階で考察してみました。

行政の判断がどうなるかは、まだ予見できませんが、
私としては
「飼料」や「食品残渣」の転換が、将来の昆虫食の1つの大きな役割を担うと考えているので、
一番厳しい「食品加工」扱いではなく、
一段階ゆるめの「家畜」あるいは
さらにゆるめの「農産物」と同等の扱いがほしいところです。

いずれの場合においても
それらの食品安全検査の手法は既に確立されており、
昆虫の場合は、その方法を当てはめるだけなのですが

そこには手法における新規性がなく
「研究としての新しさがない」と言われてしまうことが
目下の悩みです。お金が集まらない。

昆虫を食用に利用すべきである理論、というのを、
学術的にも、経済的にも

もっと説得力のあるものに仕上げないといけないでしょう。


最後に、
我々の卵かけごはんを支える、生食のできる鶏卵でも、サルモネラ菌ワクチンを接種することで
その安全性を保っているそうです。ワクチンはそのうち耐性菌の登場により
無効化される危険もあります。
また、「EM菌により殺菌剤を使わずとも生食できる」などと、疑似科学の温床にもなっているようです。

生食できるかどうか、だけでなく
生食すべきかどうかも、
食の安全と倫理、持続可能性において、考えてみると良いと思います。

昆虫食も、生食できるか、生食すべきか、普及の推進と同時に考えたいところです。
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前編では
サイエンスとテクノロジーをもって生食できる昆虫を探す
と述べました。

やはり生食だから健康によいとか
度胸があってかっこいいのではなく
「おいしいこと」を大事にしたいですね。

美味しさの評価に、官能評価、というものがあります。
官能、ということで
アダルトな方面を想像をする方もいるでしょうが、
そうではありません。

人の味覚の自己申告を数値化して、味を評価することです。

今回の例を挙げますと
アンケート形式で、
5基本味(甘味・苦味・うま味・酸味・塩味)について、5段階で評価してもらいます。
もちろん
味の評価は個人でバラつきがあるので、傾向を知るには
サンプルサイズを大きくしなくてはなりません。


しかし
昆虫の生食をする危険性を参加者に負わせるわけにはいきませんし

そもそも
採集した昆虫は食物、成長段階によって大きく味が異なるので
同じ種だとしても多くの人に均質な昆虫を食べさせることはなかなか困難です。

学術的な昆虫食研究も「手に入りやすいもの」から手を付けており
持続可能な食料生産のためにふさわしい昆虫や、おいしい昆虫を
膨大な昆虫資源から探し出す手法を持っているわけではありません。

私が個人的に行ってきた昆虫の味見も、
ここが「サイエンス」になるには致命的な欠陥があります。サンプルサイズが小さいのです。
「個人の感想ですよね」と言われると、そうですね、としか言いようが無いのです。


そこで
サイエンスとテクノロジーの出番です。

人の味覚をモデル化してシミュレーションしてくれる機械。

味博士の研究所の味覚センサーシステム「レオ」です。

ぱっと見よくわからない機械ですが


これは5基本味の要因となる物理化学的性質の測定とともに、
それを複合的に味わった時に、ヒトがどう評価するか、というヒトの味覚評価の仕組みを
シミュレーションするよう、設定されています。

例えば、甘味(糖)と旨味(特定のアミノ酸)を同時に感じると、
単独で味わった場合よりもどちらの味も強く感じることが
官能評価で分かっていますので、ヒトが感じるであろう味覚に合わせて強めに調整します。

これにより、少ないサンプルサイズで、
官能評価の結果をシミュレーションすることができるのです。


もちろん、
レオには昆虫の味を覚えさせていませんので、
例えばキノコ毒でいうところのイボテン酸のような
昆虫にしか含まれていない毒でかつ旨味の強い味成分を見逃すかもしれません。

それはそれとして、
スクリーニングとしては一個体の昆虫からデータを取り出す
しかも、
「生の昆虫を安全に食べさせることのできる機械」というのは
可能性がひろがりますね。
興奮します。

それでは
私の代わりに食べてもらいましょう。

サイエンスアゴラ2015でコラボさせていただき、
「レオ」は面白い結果を出してくれました。

まずはトノサマバッタ
こちらのリンクを
(あまりアクセスが伸びなかったそうなので)見てください。
お願いします。

塩茹でしたほうが、苦味が下がり、甘味と旨味が増加しています。
これはバッタを掴んだ時に、口から吐き出される茶色い苦い液体
(味見してみましたが、苦かったです)
が茹でることによって茹で水にとけ、苦味物質が減ったこと、タンパク質が変性して
味物質が遊離したことなどが、理由として考えられます。

この予想は、
そのまま下処理をせずに焼いたものより、
茹でてから焼いたもののほうが美味しかった経験を
もとに、提案してみたものです。

スコアで言うところの0.2の差、というのは
ヒトの官能評価でのサンプルサイズn=100であるときに
有意差がでるであろう結果とのことですので、

「生トノサマバッタと茹でトノサマバッタを100人に食べさせた時に有意に茹でトノサマバッタをおいしいと判断する」
という結果が予想されます。

もちろんそれをヒトで検証する官能評価もあればよいのですが
少数の採集昆虫でも味を比較できる可能性を示せたので、現状では大きな一歩でしょう。

続いて次々参ります。
以下はサイエンスアゴラ2015において
味覚センサーの結果を見ながら、昆虫食を経験してもらう、という企画で使ったものです。

 
まあ当然ですが、
美味しい味を追加してから味わう「調味」をしているわけですから
おいしくなってますよね。

今のところ、
「ナマの方がおいしい昆虫」を示すデータは見つかっていません。
ハチノコは生に限る、
という方もいらっしゃいましたが、

それもあくまで調理法の1つへの好みといえるでしょう。
私は白い蛹をお吸い物にしたものが
抜群に美味しいと感じましたので

数多い調理法のうちのたった一つである
「生」が最高だと、
万人が感じる確率はあまり高くないといえるのではないでしょうか。

「生」信仰は、度胸や覚悟を試すようなマウンティングの一つの形なのかもしれません。

ともあれ、この技術によって
茹でることで失われる味の情報を補完する技術になりえます。

もちろん改良の余地はありますし
香りや食感といった「おいしさ」の構成要素は多くありますので十分とはまだまだいえませんが

少なくとも、
個人の感想よりははるかに信頼性が高い、といえるでしょう。



調理済みのものに関しては、サイエンスアゴラ2015において実際に食べてもらい、
150人ほどの方からフィードバックを得ました。


細かい解釈は割愛しますが

少なくとも、
「ヒトが実際に味わった時の昆虫の味は味覚センサーシステムの予測を大きく裏切るものではない」
ことがわかります。

また、
「味覚センサーの結果を参考にする」という方が半数以上いた事からも、
私のようにどっぷり浸かった昆虫食愛好家がいうことよりも

先入観のない、そして昆虫を食べた経験を記憶させていない
「レオ」が出した結果のほうが、
初めて食べるヒトにとってのハードルを下げる場合もあるでしょう。


ヒトを模倣したロボットが
ヒトには入れない極限環境の作業を切り拓くように

ヒトの味覚を模倣したシステムが
ヒトでやったのでは生態系へのダメージが大きくなってしまう網羅的な探索だったり、
現状ではヒトへの危険性が高くなってしまう衛生的に問題のある食味だったり、
ヒトの先入観が強く出たりする、新食品の開発と普及への道を


切り拓くとすれば、

ロボットが単なる「ヒトの下位互換」ではない、新たな未来が拓けると思います。




書いていて、
はたと気づいたのですが、

手塚治虫の漫画、ジャングル大帝レオは物語の中でバッタ食を啓蒙し、バッタ牧場をつくり、
肉食をやめるよう仲間を説得していました。
レオは昆虫の知識が足りなかったためか、不運か、
バッタ牧場は原作でもアニメ版でも失敗してしまいました。

もしかしたら味覚センサー「レオ」は昆虫食を広めるべく
転生したジャングル大帝なのかもしれません。
(念のため補足ですが、味博士の研究所は昆虫の味見をするための研究所ではありません。味を総合的にプロデュースする企業です。私が昆虫食の未来を感じているのはあくまで私の感想です。)


それでは後編に続きます。

後編では法的な概念である「家畜」を生態学的に再解釈して、
「生食できる昆虫」のための衛生管理や法整備を提案していきましょう。
更に「生食できる食品はどの程度必要か」という食の倫理まで考察してみます。
「生食できる」とはスリルを伴う甘美な響きがあるようです。

しいたけの一種に「生食できる」と称したり

牛の生肝臓がダメなら豚を、とか

ジビエの鹿肉や猪は生食できる、なぜなら今まで大丈夫だったから、と称する中高年の狩猟者がいたりしますね。


生食できる食品を提供できる、というのは何だかすごそうだし、
それを身をもって体現している人はなんだか詳しそうに見えます。
一般的に生で食べられない、と
言われているものなら尚更です。

特に日本に生食の誘惑が強いように見えるのは、
魚介類の生食があるせいでしょう。


とんねるずが昔結成した
「野猿」というグループがありました。

鮒は生じゃ食えないはずさ
泥臭い 生臭い fish! fish! fish!
鯉は洗いで食えるくせに
甘露煮 鮒ずし だけなのね

https://www.youtube.com/watch?v=rEbVsKdwakU

「おいしいかどうか」よりも
「生で食えるかどうか」という魅力があるようです。

そして、それは付加価値として経済性をもちます。


欧米でもRAW FOODというブームが起こりました。
恐らくスシブームもその派生でしょう。

生のほうが酵素が生きたまま取り入れられるとか
消化に良いとかなんだとか、あることないこと言いながら営業をしています。

もちろん
生のほうが得やすい栄養もあります。
熱により変性しやすいビタミンなどがその一例です。

ですが
酵素の場合、胃酸で変性・消化され、アミノ酸として利用されるので
生で酵素を食べることの栄養的な利益は全くありません。

どの食品でも確かに言えることは、生で食べることは
食品の危険性(ハザード)は十分に高くなります。

例・サルモネラ菌が付着したキュウリのピクルスで死亡者3人

生で食べるべきかどうか、は
ハザードとベネフィットを天秤にかける状態。
つまり生で食べないと生命の危険のある状態に
考慮されるべきことで

日頃から
普通の食材を食べて栄養の良い状態で生きている人にとって
たとえ緊急的に食品が不足するような事態に陥ったとしても
生で食って改善される状況はまずありません。

緊急時はむしろ、医療不足のほうが致命的ですので
日本に生活しているヒトが
食品ハザードと栄養を天秤にかけ、
ハザードを選ぶことはまずないでしょう。

つまり、
日本において生食ができる、と安易にいうヒトは
疫学や食品衛生の知識がないのか、
営業を目的に意図的に無視していると考えられます。

無知ならば、あるいは営業ならば仕方ありません
とはなりません。

不良な食品は多くの人の生命を不特定に脅かしますので
社会的な影響が大きく、感染性ならば公衆衛生の敵です。

また、
それが簡単に予防できるにもかかわらず、
食品提供者の怠慢や短絡的な利益のために見逃していたりすると
食品という社会インフラの根幹に関わる問題ですので、行政が介入します。

つまり、
食品は特にハザードとして重要度が高いのです。

昆虫食がこれから安全に普及していくべき、と
考えている私としては
見逃すわけには参りません。

以前にペットの生き餌用昆虫の生食について警鐘しましたが


もちろん野外の昆虫にも、
ヒトに感染可能な寄生虫や感染症は数多く見つかっています。
私信で、論文報告は行われていませんが、
野外の昆虫を生で食べることによって、
本来野生の哺乳類に感染する寄生虫がヒトに感染したと思われる事例の情報も得ています。


なので、
この警告は
「野外の昆虫はペットの生き餌昆虫に比べて感染性微生物が少ないので生で食べられる」
ということでは全くありません。
意図的に読み替えて野外の昆虫を生食をしている、自称専門家がいるようなので
くどく繰り返します。

私は自称専門家として、警鐘に努めてまいりたいと考えています。
もちろん私刑のような野蛮な方法ではなく、言論で。

言論には自由が保証され、基本的に強制力がないので、弱いです。

もしこれをお読みの皆さんの中に、
これから昆虫を食べようとしている方がいましたら

整合性のある言動をする自称専門家を選んで、
(公的な専門家を養成できていないのは不徳のいたすところですが)
信頼できるかどうか判断されることをおすすめします。




とはいえ、
オレ、生の味知ってるぜ。
度胸と覚悟のない素人は真似するんじゃないぜ

って言うことは

ちょっとスリリングでカッコよくもありますよね



私は2013年から、
同定した昆虫を十分に茹でてから味見をして、
種間比較をしてきましたが、
茹でることにより見逃すことになった
おいしい生食用昆虫がいる可能性を考えると
気が来でなりません。

また、
日本には馬刺し、鶏卵や水産物、養殖サーモン、養殖カキなど
生で食べられる動物性食品はたくさんあります。
つまり、きちんと管理すれば生食できる動物はいるのです。

批判してばかりでは
ユーモアが不足しますし、より建設的な議論へと持っていくために
おいしい生食昆虫がいた場合、それを見つける戦術と、
おいしい生食昆虫が普及した将来について、考えてみましょう。

武器は度胸や覚悟などではなく
サイエンスとテクノロジーです。


中編に続きます。

Twitterで反響があったのと、映画を見た後に書いてみた原稿があったので。
休眠中ですがUPします。なかなか本業のほうは前途多難です。またご報告します。


マッド・マックス 怒りのデスロード

映画館で一回見て、先日iTunesで配信が開始されたので、見ました。「イモータンジョーの食糧生産ヤバくね?」は
コチラのブログで紹介されていましたが、私も同感です。
(トマトの苗だけは確認できませんでした。)

そして
「エンディングの後の食糧生産、ヤバくね?」

というのが一番の感想。
彼らの物語を少なくともバッドエンドにしないためにも
食糧生産についてきちんとアドバイスを送る必要があるでしょう。

予め「昆虫食がフュリオサを救う」と言っておきます。

それでは参りましょう


※以下めっちゃネタバレをします。

未見の方はご注意ください。
上映劇場も減ってきましたし、そろそろディスクも出るのでご勘弁ください。


1,あの世界に昆虫食が存在するか

そもそも昆虫食文化が絶えてしまっていたのでは、
新たに食用昆虫を生産しても彼らは食べてくれないでしょう。

この映画には食事のシーンが少ない中、
幸いにも昆虫を食べるシーンがあります。

食べたのはウォーボーイのニュークス。
懇意になった赤毛の女の子、ケイパブルが寝ている間に肩に登ったコガネムシ科の昆虫を
器用に自分の手に移し、よく観察したあとパクっと食べます。

日常から昆虫を食べていたことが伺える貴重なシーンです。
今回は生食の危険性について、彼らの事情も考慮して不問とします

少なくとも昆虫を食べることはありそうです。
また、このコガネムシの同定は残念ながらできなかったので、
どのような生態をもつのか、後述して推測します。

2,どの程度昆虫が分布しているか

これも難しい問題ですが、幸いにも描写がありました。

冒頭、マックスは双頭のトカゲを踏みつけ、食べます。
歩くのが速く、口が大きいので恐らく昆虫食性でしょう。

双頭という重篤な変異を持つにもかかわらず、大きく育っているので
近くに豊富な昆虫資源があると思われます。

3,イモータンジョーの食糧生産本作の重要な問い「生きるために他人を搾取してよいか」を際だたせるため、
イモータンジョーは徹底的にヒトを搾取するシステムを持っています。

彼の愛車がギガホース、彼のマスクの歯が馬の歯という設定から
以前は草食の家畜を生産していたと思われます。

ところが、核戦争の後、
先天的な障害を持つヒトの割合が増えてしまったことで
ヒトの利用を多様化し、家畜として利用することで
徹底的に搾取する構造を備えたと思われます。

ジョーは血縁の後継者を必要としていますので、
多くの女性を妊娠させる必要があります。

そして、フュリオサのように、
子産みという利用価値のない女性を殺すことはしないようです。

また、ドゥーフのような先天的に目の見えない男性に対しても
ギターを持たせるという適材適所な人員配置も魅力です。

これは役立たずでも殺さない慈悲があり、
能力次第で上に登れるという救世主アピールと同時に

ヒトを育てる時に生じたコストを出来る限り回収する目的があったのでしょう。
フュリオサとジョーに恋愛関係がーという考察もありましたが
私はそうは思えません。

恋愛や妊娠に価値がある世界には見えませんし
汚染されていない緑の大地出身のフュリオサは健康体で恐らく長寿命です。
また、
フュリオサがありあわせでつくった義手の精度が異常に高く、パワーもあり
ロストテクノロジーかと思われるレベルです。
ジョーやリクタスの生命維持装置もフュリオサが作っていたと考えられます。
まさに「能力主義」で上り詰めたのでしょう。

逆に
短命こそが高コストであるがゆえに、ウォーボーイズの仕事は収奪と攻撃、
そして望まれるのは敵を殺しての派手な死です。

マックスが核戦争前に警察だったことから、
おそらくジョーとマックスは設定上同年代で

マックスやフュリオサは汚染環境でも老化速度があまりに遅く、病気にもならず
健康体を保てるイレギュラーなパフォーマンスをもつ人達と思われます。

一方「凡人」だったジョーが老化とや病気と闘いながら
組織的に長寿命を獲得しようとした苦労も伺えます。

ワイヴズも、
年長者はそれぞれ別の文化背景を持つような(お祈りとか)描写もあります。
ハイポテンシャルな彼女らは子産みの仕事の後、
母乳女として家畜として徹底的に搾取されるようです。

映画に出てきた母乳女達は自らが産んだ子供を取り上げられ、代わりの人形抱きながら
母乳生産を仕事とされます。そして一様に太っています。なぜでしょうか。

ここで、ジョーがもぬけの殻だったワイヴズの住処に行く途中、
水耕栽培のシーンを見てみましょう。
そこにあるのはアブラナ科の作物。おそらく甜菜かと思われます。

穀物もおそらくあるでしょう。
砦の屋上にはヤシ科かイネ科と思われる草で覆われ、
灌漑用の風車が見えます。

これらの作物は、エネルギーがあるものの
アミノ酸スコアの低いことが問題点です。
カロリーだけ高い食物を食べさせられ、運動を禁止されると、
栄養不足と肥満になります。
そして母乳という完全栄養食品を搾取されているのでしょう。
大変に合理的で、非情な搾取といえます。
「農産物由来の母乳」がジョーの砦の貴重な栄養源といえます。

4,イモータンジョーの物質収支
イモータンジョーは界隈で最大勢力を誇り
近所のバレットファーム(弾薬畑)と
ガスタウンと同盟関係にあります。

余談ですが
ガスタウンの主は人喰い男爵(people eater)と呼ばれていることから
人肉食はあまり一般的でなかったと思われます。
(私も映画を見た後、Twitterの名前を「蟲喰い男爵」にしようかと思いましたが、あの世界では普通すぎるので断念です。)

ガスタウンには石油があり
弾薬畑ではヒトの糞便から硝酸アンモニウムが作られ
ジョーの砦には水と食糧があります。

ガスタウンと弾薬畑については、映画中に描写がないので、
こちらの資料を参考にしました。




同盟とはいえ、彼らには上下関係があるようです。

やはり
食糧を握っていて人口も抱えているジョーが最も偉いようです。
ガスや弾薬は安いレートで食糧や糞便(そして髪の毛)と
交換させられていたのでしょう。

5,イモータンジョーの工芸と祭り

ウォーボーイズはジョーを尊敬し、短命にも関わらずQOLは高いようです。
ジョーのためにタトゥーを彫り、化粧し、工芸品を作り、音楽やコールまで多彩な文化があります。このような一見資源の無駄のように見える「祭りの構造」が多くのヒトの心の支えになり、
トータルとして人心掌握につながり、無駄にならないという高度な意思決定があると思われます。

食糧生産が自動化されているので、誰かが通りかかるまでは工芸ぐらいしか仕事がない、
ともいえます。工芸や祭りは農閑期の公共事業だったのでしょう。

ここまでは、この世界の考察です


さて、
エンディングで、ジョーは死に、
多くのウォーボーイたちと自動車がダメになりました。

そして、母乳女達が開放されます。

大きな問題です。「母乳というタンパク源が無くなった」のです。

そこで効いてくるのが「種」です。弾丸が「死の種」と呼ばれていましたから
種は生の象徴でしょう。

彼らは種ババアことメリッサから、汚染されていない『種』を持ち帰っています。
メリッサが見せたシーンでは
「木に花にフルーツ」そしてマメ科と思われる苗と、インゲン豆っぽい種も見えます。

そこで気になる一言が。「何一つ実らなかった」
メリッサは土壌の汚染と説明していますが、
大きな勘違いをしている可能性があります。

ここで、
フュリオサが砦に種を植える前に、確認しておくべきことがあります。

A,土壌細菌の有無
マメ科が実るためには、根粒菌などの土壌細菌が必須です。
水耕栽培で土が汚染されている可能性を考えると、マメ科が「実らなかった」のは
土壌細菌が不在だった可能性があります。

ヨーロッパでは土壌と根粒菌の相性が悪く、大豆の栽培が定着できなかった、
という経緯がありますので、これは重大な確認事項です。

B,訪花昆虫の有無

ここで、ニュークスが食べていた昆虫の出番です。
期待したのはハナムグリなどの訪花昆虫ですが、
高画質で、コマ送りしながらじっくり見たところ、
鞘翅の形がハナムグリっぽくない。

そして、その直前に
「カラスのいる汚染された土地(緑の土地の成れの果て)」を通過した後であることから
糞食性、腐肉食性のセンチコガネである可能性も捨て切れません。

体型はゴミムシダマシっぽい?ということでまめだぬき先生がコメントをくださいました。
幸いなことに、ジョーの砦で育っていたのは、
虫媒花のアブラナ科、てんさいで、自家不和合性(自家受粉では実らない
が特徴です。つまり冒頭ですでに、訪花昆虫の存在を示しているのです。

つまり、
種ババアの持っていた虫媒花の花、マメ、フルーツが復活できることを暗示しています。

ですが、懸念もあります。
アブラナ科の自家不和合性は、二酸化炭素濃度を3〜5%に上げることで打破できます。
人が多く、燃料もあり、密閉されたガラス室で水を逃さないよう栽培しているてんさいですから、もしかしたら自家不和合性の打破によって自家受粉していたのかもしれません。
これも大きな疑念が残ってしまいました。



ここでは
最悪のパターンに備えましょう。
訪花昆虫もおらず、土壌とマメ科の相性も悪かった場合。

相性がよかったとしても、
持ち帰った種は少量なので、数回の収穫はすべて次世代に回すべきだと思われます。
そして、母乳女はもはや搾取されません。

今すぐ、今ある農作物からの、速急なタンパク質の生産が必要です。

昆虫の残存量がどのくらいか不明なのが残念ですが
3つの昆虫養殖を提案します


A,糞便を利用したセンチコガネ養殖
B,イネ科作物を利用したバッタ養殖
C,アブラナ科作物を利用したカブラハバチ養殖

この3種が(いたとしたら)フュリオサに、亡霊となってでもぜひ伝えたいのです

「ハイ、フュリオサ! 虫だ。虫を養殖して食うのだ」

ニュークスには早急に亡霊となって、
ケイパブルに、あの時食べた昆虫が何であったか、
今まで食べたことのある虫は何かを
伝えるべき
だとおもいます。ヴァルハラに行っている場合ではないのです。

虫はアミノ酸スコアが高く、穀物より炭水化物が少ないので、
今までの糖、穀物食にプラスするだけで肥満も抑えられ、栄養状態も良くなります。

また、虫のフンは肥料として利用すれば、
微量元素の散逸も抑えられます。

そしてワイヴスの生活していた温室
が他の作物を食害させず、温度を高めに保ちながら
昆虫を養殖できるスペースになります。


We are not things!と、ヒトとして声を上げた場所で
昆虫はThingsとして、ワイヴズの代わりにガラス室に住むことになるでしょう。





After Mad, Max-buggy road!

狂気の後に、最大限に虫だらけの道へ

はたして、
フュリオサは昆虫養殖、もしくはマメ科作物の栽培に成功し
 贖罪「Redonpsion」を達成するのでしょうか。

Buggy とは乳母車の意味もあるそうです。
虫だらけになった砦で、
望まれて生まれてくる子供が
フュリオサの作ったBuggyに乗る未来もあるかもしれません。

みなさま ご無沙汰しております。
バッタの実験結果を論文にまとめるために引き続き休眠中であります。
コメント欄に質問を頂いているのですが、対応できていません。
Twitterでしたらお返事できるかと思います。

さて


数ヶ月前、
テン・ブックスという出版社の『森へゆく径』という雑誌がTwitterで募集していた
「1万円あります。本、買いにいきました」
http://www.hjissen.com/#!mori/cd0h

という企画に応募したところ、選んでいただきました。

これは、
書籍代一万円を頂き、そのレビュー原稿をお返しするという企画で
買いたいけれど後回しにしていた書籍を一気に買ってしまおうと、
ついつい(笑)応募してしまいました。

ちょうど見本紙を頂きましたので、この機会に
ブログ連動企画として紹介しようと思います。

今回は6冊の本を買いました。

料理王国 2015年 05 月号


ライフスケープ (風景写真1月号臨時増刊)


「もしも」に備える食 災害時でも、いつもの食事を


原発事故で、生きものたちに何がおこったか。


[新装版] 旅する根付 高円宮妃現代根付コレクション


もっとおいしく撮れる! お料理写真10のコツ


細かな書評は本誌を見ていただきたいのですが

これらを読んで見えてきたのは、
私達の社会は、外的な要因によっても、内的な要因によっても
「日常」と「非日常」のシフトが起きやすくなっていることです。

様々なメディアを通じて、
世界中の、そして現在から過去までの膨大な「非日常」の情報が交錯する中、
私達が持っている「非日常へのあこがれ」は大いに刺激されます。

その反動で、
日常がつまらなく、刺激がなく、
自分を成長させないような気がしてくるのです。
(自分を成長させたい、という欲求もまた非日常へのあこがれの一種だと思います)

ところが、逆に
突然の強制的な非日常がやってくると、
人々は日常を強く求め、心の平静を保とうとします。
それは天変地異かもしれませんし、ドローンのような
不可思議な新製品かもしれません。

その時にココロをかき乱されないよう、
外的な要因と内的な要因をバランスさせながら
「自分なりの日常」を保てる力こそが
地面に踏ん張って本来の自分の能力を最大限に引き出せる
「生きる力」なのだと思います。

生きる力とは、すなわち食です。(と言い切っておきます)
以前に学生相談所の精神科医に言われたことがあります。

「睡眠時間や食欲がなくなったら病気と判断します」

つまり、どんな理由にせよ、
生きる力を失った人は、社会に助けを求めなければならないのです。
そうでないと、人は生物的にも、社会的にも簡単に死にます。

さて、
今までの日常を生きてきた私達が
将来予想できない非日常に投げ出された時、
何をすればいいでしょうか。

自由にできるのは「時間」です。
これは誰でも寿命に応じて持っており、
平等に減っていく財産です。

「急ぐ」ことと「急かされる」ことは違います
「のんびりする」ことと「怠惰である」ことも違います。

自分の意志を持って、かつ自我の暴発を抑えて
時間の使い方をコントロールしていくことが
大事なのでしょう。




ということで、
以下の「非日常」なシチュエーションを想定して
日常と平静を保つ昆虫料理を作ってみました。

1,物流が止まる大きな変化が起こった。
2,ガスが止まった。電気だけ復旧した。電気があれば通信はできる
3,ここから動くことができない。交通が寸断されている。
4,今まで生活していた消耗品は残っている。
5,時間はある。やることがみつからないぐらいだ。

これは大地震でも自己破産でも構いません。
本人にとっての大きな変化としましょう。

そこで
のんびりランチでも食べられたら、
「日常を謳歌している」と言えそうです。

のんびりリッチな気分。
インセクトランチセット。

豆と乾燥イモムシのインド風カレー


ヒラタケとコシアブラとトノサマバッタのアヒージョ


カブトムシココア


カレーは炊飯器で
アヒージョは丸美屋の三ツ星レンジ<アヒージョの素>
を使いました。
http://www.marumiya.co.jp/cms/web/viewitem/4212/1
これは
紙製の容器とソースがセットになっており
容器に入るだけの材料を入れ、ソースをかけて
振って混ぜ、レンジに3分かけるだけで
アヒージョができるスグレモノです。
紙容器がきちんと閉まるので、
油も飛び散らず、バッタも生きたまま入れても逃げ出しません。
食べ終わったら容器ごと捨てられるのも、非常時には重宝しますね。

この紙容器は熱に強いので、揚げ物の準備がない場合でも
トノサマバッタをカリッカリに仕上げてくれます。
春の山菜コシアブラとの相性も抜群です。

エリサンとトノサマバッタは私が養殖したものです。

カレーは味がしっかり染みていて、肉質の香ばしい
エリサンの香りとマッチしています。
インド生まれのエリサンとインド風のカレーの組み合わせは抜群です。

カブトムシは日本の里山で大量に養殖されている
バイオマスです。味が悪く、食べるのもカラスかタヌキぐらい。
集合性があるそうで、スポットを見つけるとボロボロ採集できます。

今回は、蛹を一旦ゆでて
タンニン系の水溶性の渋みを除いた後、
ローストして、成分調整したあと
ココアにしてみました。カカオは
世界的な流通が必要ですので、代用ココアを
物品が手に入らない時に作ることができれば、
ヒマな時間も潰せますし、リッチな気分にもなります。

折り紙式の皿
orikaso(オリカソ)をつかって盛り付け
http://www.ats-co-ltd.net/Flatworld1.html

撮影は
日光を使ったライティングに挑戦。
日常の風景として提案します



ピクニックに行くのではなく
ピクニックが自宅の庭に来るようなそんなワクワク感を
演出してみましょう。


それではいただきます。









Mushi_Kurotowa
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プロフィール
HN:
Mushikurotowa 
性別:
男性
趣味:
昆虫料理開発
自己紹介:
NPO法人食用昆虫科学研究会 理事長
このブログは以下に移動しました。http://mushi-sommelier.net

2008年「なぜ昆虫に食欲がわかないのか」研究を開始
食べたらおいしかったので「昆虫食で世界を救う方法とは」に変更。
昆虫の味の記載から、昆虫の特性を活かしたレシピの開発、イベント出展、昆虫食アート展覧会「昆虫食展」まで、
様々な分野の専門家との協力により、新しい食文化としての昆虫食再興を目指す。

2015年 神戸大学農学研究科博士後期課程単位取得退学
テーマは「昆虫バイオマスの農業利用へむけたトノサマバッタの生理生態学的解析」
2018年よりラオスでの昆虫食を含めた栄養改善プログラムに専門家として参加
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