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今日はラジオの話から食育の話へとつながります
最近
作業BGMとして最近TBSラジオの録音を聞いています。
研究用のバッタ飼育室は年中30℃に設定されている
ウォークイン・インキュベーター。いわゆる冷蔵庫なので、
ラジオを聞こうにも電波が全く届きません。
なので録音したものや、Podcastで楽しんでいます。
今日もいつもと同じように聞きながらバッタの世話をしていると
お気に入りのラジオのひとつ、TBSラジオ「爆笑問題カーボーイ」の
1コーナー「わっ!びっくりした!」において
こんな投稿が読まれました。
11:00分〜 ぜひ聞いて下さい。(Podcastで聞けます)
以下概要。
長野出身の投稿者(ドンゴリラさん)の少年時代の話。
お気に入りのおやつ「イナゴの佃煮」を食べたいとおばあちゃんに言ったところ
「一緒に作ろう!」とのおばあちゃんの提案により
一緒に採り、フライパンで殺し、美味しく食べた経験がユーモアたっぷりに語られます。
「小一時間ほどで麻袋一杯にイナゴが採れ」
「フライパンに載せた麻袋(イナゴ入)が沸騰するようにボコボコしてきて」
「おばあちゃんに『麻袋の口押さえてろ!』とイナゴが逃げないよう任され」
「隣のコンロでは逃げたイナゴを直火焼きに」
「麻袋に感じるイナゴのうごきがだんだん弱くなり」
「おばあちゃんと美味しく食べ、近所におすそわけした。」
という
おばあちゃんによる「命の授業」。の話でした。
このような
「伝統的文化」の文脈の中で伝えられる
「命を奪って食べる」という食育
は、
子供へのショックが裏目にでないよう、
いくつかのポイントがあることがわかります。
この経験はまず「大好きなイナゴ」と
「大好きなおばあちゃん」との信頼関係の元行なわれたこと。
投稿者がイナゴをとって殺して食べる、という「知識」はあること。
「知識」はあっても「具体的にイナゴを殺すとはどういうことか」体験していないこと。
「いつものやさしいおばあちゃん」が豹変して、強制的にイナゴが死ぬ瞬間を体験させたこと。
イナゴ調理の結果「美味しく調理し、ご近所におすそわけする」という「楽しい体験」がもたらされたこと。
こんなにも完璧な「食育」があるでしょうか。
投稿者は「イナゴが死にゆく手の感触」によって
おばあちゃんの伝えたかったことを直感的に理解したのでしょう。
このイナゴ食による食育は
「日本の伝統的採集食としての昆虫食」のすばらしい文化的価値ではないかと思います。
さて、
近年「食育として家畜を屠殺する」というものがあります。
これは果たして「命の授業」といえるものでしょうか。
考えてみましょう。
鶏を使ったものと、ブタを使ったものがありますが、大抵が以下の様な流れです。
1,生徒はパック詰めされた肉を日常から食べている。
2.生徒も先生も、通常屠殺は行なわない。
3,屠殺する家畜・家禽は生徒がペットとして育てる
4,屠殺は先生が生徒の目の前で行う(家禽)
もしくは生徒の目の前で屠殺場に輸送する(家畜)
5,生徒はその精肉されたものを食べる。
さて、
この「命の授業」で生徒が体験することは何でしょうか。
生徒の担当するのは「ペットとして育てる」「殺される瞬間を目撃する」部分です。
ここで、日常と「命の授業=非日常」を繋げると以下の様な文脈になります。
「私達が日常食べているパック詰め肉は畜産農家がペットを殺すようなショックを伴って出荷されたものである。」
ここには2つの問題点が見受けられます
1,「ペットを殺す」経験を畜産農家はしていない
畜産農家は生活のため、家畜を殺すことを前提として
飼い始めます。ソレがイヤなら飼わなくて良いのです。
ところが、生徒はそのような飼い方を知りません。あくまでペット「コンパニオンアニマル」としてしか
家に動物を迎え入れることはありません。
一般的に動物を殺すことの抵抗感はヒトから離れるほど低減します。
しかし
残念ながらコンパニオンアニマル・伴侶動物は、
ヒトに準ずるレベルで「殺すことへの抵抗感」が強いのです。
近年ですとペットロス症候群の増加がコンパニオンアニマルの強い精神的影響を表しています。
つまり、
畜産農家の追体験をするはずの「命の授業」が
ペットを殺すという
現実的でない精神的ショックを生徒に与えてしまっている
のです。
2,生徒は「家畜を殺す」知識は持っており、「映像的に知識が補強されるだけ」になってしまっている。
この命の授業では基本的に生徒は家畜の命を奪いません。
これは
ケガや感染症の危険性や、上に述べたペットを自らの手で殺すショックを低減するためと考えられるのですが、
これは命の授業で最も大切なはずの
『命を奪って食べる体験』が
あくまで映像的な知識の増強にしかなっていません。
「映像的な知識の増強」が必要なのであれば、
先生が慣れない屠殺方法で生徒に見せることではなく、近代的な屠殺方法を
映像で見せるべきですし、このような上質なドキュメンタリが公開されています
「OUR DAILY BREAD」(邦題:いのちの食べ方)
以上のことより、
私は家畜を飼育し、屠殺するという「命の授業」は
「ペットを殺す体験をさせる」という意味で現実の畜産業を追体験したものではない点と
生徒が「命を奪う体験ではなく目撃しかできない」という点において不十分、もしくはショック過多であると考えています。
その点ではイナゴの佃煮を作る、という伝統的文化に即した経験は
今回のラジオ投稿にみられるように「手の感触としての体験」として
ショックは少なく、教育的効果が高いと考えています。
近年はイナゴ採集食を含め
昆虫食が「貧乏で野蛮な文化」として
廃れつつありますが、
このような日本ならではの食育ができるコンテンツとして
現代社会においても利用価値の高いものであり、
現代の食文化の変化の中で消えるべきでない、むしろ啓蒙していくべき
誇らしい食文化だと思うのです。
今回の記事作成にあたり、ラジオ投稿について
Twitterからの情報提供を頂きました、この場を借りてお礼申し上げます。
最近
作業BGMとして最近TBSラジオの録音を聞いています。
研究用のバッタ飼育室は年中30℃に設定されている
ウォークイン・インキュベーター。いわゆる冷蔵庫なので、
ラジオを聞こうにも電波が全く届きません。
なので録音したものや、Podcastで楽しんでいます。
今日もいつもと同じように聞きながらバッタの世話をしていると
お気に入りのラジオのひとつ、TBSラジオ「爆笑問題カーボーイ」の
1コーナー「わっ!びっくりした!」において
こんな投稿が読まれました。
11:00分〜 ぜひ聞いて下さい。(Podcastで聞けます)
以下概要。
長野出身の投稿者(ドンゴリラさん)の少年時代の話。
お気に入りのおやつ「イナゴの佃煮」を食べたいとおばあちゃんに言ったところ
「一緒に作ろう!」とのおばあちゃんの提案により
一緒に採り、フライパンで殺し、美味しく食べた経験がユーモアたっぷりに語られます。
「小一時間ほどで麻袋一杯にイナゴが採れ」
「フライパンに載せた麻袋(イナゴ入)が沸騰するようにボコボコしてきて」
「おばあちゃんに『麻袋の口押さえてろ!』とイナゴが逃げないよう任され」
「隣のコンロでは逃げたイナゴを直火焼きに」
「麻袋に感じるイナゴのうごきがだんだん弱くなり」
「おばあちゃんと美味しく食べ、近所におすそわけした。」
という
おばあちゃんによる「命の授業」。の話でした。
このような
「伝統的文化」の文脈の中で伝えられる
「命を奪って食べる」という食育
は、
子供へのショックが裏目にでないよう、
いくつかのポイントがあることがわかります。
この経験はまず「大好きなイナゴ」と
「大好きなおばあちゃん」との信頼関係の元行なわれたこと。
投稿者がイナゴをとって殺して食べる、という「知識」はあること。
「知識」はあっても「具体的にイナゴを殺すとはどういうことか」体験していないこと。
「いつものやさしいおばあちゃん」が豹変して、強制的にイナゴが死ぬ瞬間を体験させたこと。
イナゴ調理の結果「美味しく調理し、ご近所におすそわけする」という「楽しい体験」がもたらされたこと。
こんなにも完璧な「食育」があるでしょうか。
投稿者は「イナゴが死にゆく手の感触」によって
おばあちゃんの伝えたかったことを直感的に理解したのでしょう。
このイナゴ食による食育は
「日本の伝統的採集食としての昆虫食」のすばらしい文化的価値ではないかと思います。
さて、
近年「食育として家畜を屠殺する」というものがあります。
これは果たして「命の授業」といえるものでしょうか。
考えてみましょう。
鶏を使ったものと、ブタを使ったものがありますが、大抵が以下の様な流れです。
1,生徒はパック詰めされた肉を日常から食べている。
2.生徒も先生も、通常屠殺は行なわない。
3,屠殺する家畜・家禽は生徒がペットとして育てる
4,屠殺は先生が生徒の目の前で行う(家禽)
もしくは生徒の目の前で屠殺場に輸送する(家畜)
5,生徒はその精肉されたものを食べる。
さて、
この「命の授業」で生徒が体験することは何でしょうか。
生徒の担当するのは「ペットとして育てる」「殺される瞬間を目撃する」部分です。
ここで、日常と「命の授業=非日常」を繋げると以下の様な文脈になります。
「私達が日常食べているパック詰め肉は畜産農家がペットを殺すようなショックを伴って出荷されたものである。」
ここには2つの問題点が見受けられます
1,「ペットを殺す」経験を畜産農家はしていない
畜産農家は生活のため、家畜を殺すことを前提として
飼い始めます。ソレがイヤなら飼わなくて良いのです。
ところが、生徒はそのような飼い方を知りません。あくまでペット「コンパニオンアニマル」としてしか
家に動物を迎え入れることはありません。
一般的に動物を殺すことの抵抗感はヒトから離れるほど低減します。
しかし
残念ながらコンパニオンアニマル・伴侶動物は、
ヒトに準ずるレベルで「殺すことへの抵抗感」が強いのです。
近年ですとペットロス症候群の増加がコンパニオンアニマルの強い精神的影響を表しています。
つまり、
畜産農家の追体験をするはずの「命の授業」が
ペットを殺すという
現実的でない精神的ショックを生徒に与えてしまっている
のです。
2,生徒は「家畜を殺す」知識は持っており、「映像的に知識が補強されるだけ」になってしまっている。
この命の授業では基本的に生徒は家畜の命を奪いません。
これは
ケガや感染症の危険性や、上に述べたペットを自らの手で殺すショックを低減するためと考えられるのですが、
これは命の授業で最も大切なはずの
『命を奪って食べる体験』が
あくまで映像的な知識の増強にしかなっていません。
「映像的な知識の増強」が必要なのであれば、
先生が慣れない屠殺方法で生徒に見せることではなく、近代的な屠殺方法を
映像で見せるべきですし、このような上質なドキュメンタリが公開されています
「OUR DAILY BREAD」(邦題:いのちの食べ方)
以上のことより、
私は家畜を飼育し、屠殺するという「命の授業」は
「ペットを殺す体験をさせる」という意味で現実の畜産業を追体験したものではない点と
生徒が「命を奪う体験ではなく目撃しかできない」という点において不十分、もしくはショック過多であると考えています。
その点ではイナゴの佃煮を作る、という伝統的文化に即した経験は
今回のラジオ投稿にみられるように「手の感触としての体験」として
ショックは少なく、教育的効果が高いと考えています。
近年はイナゴ採集食を含め
昆虫食が「貧乏で野蛮な文化」として
廃れつつありますが、
このような日本ならではの食育ができるコンテンツとして
現代社会においても利用価値の高いものであり、
現代の食文化の変化の中で消えるべきでない、むしろ啓蒙していくべき
誇らしい食文化だと思うのです。
今回の記事作成にあたり、ラジオ投稿について
Twitterからの情報提供を頂きました、この場を借りてお礼申し上げます。
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無題
今ではかなり減りましたが私の住む地域の高齢者の一部ではニワトリや猟で捕獲したキジやイノシシを家庭でシメて食べる風習がまだ残っています。
昔は日常的だったこの光景を見ていたお年寄りの方の中にはトラウマで鶏肉などを口にする事が出来なくなった方もいます。私の叔母さんもその一人です。
以前テレビで農業学校の授業として学校で育てた家畜(牛)のシメ方を教えているという内容の番組を見た事がありました。
現代では幼少期に今回取り上げているラジオの内容のような経験をしてきた生徒は少ないはず。果たして無垢な少年少女に耐えられる授業なのかなと少し心配な気持ちになって見ていた記憶がありました。命を奪う授業内容としては刺激が強く、一足飛びであるような気がしますね。
昔は日常的だったこの光景を見ていたお年寄りの方の中にはトラウマで鶏肉などを口にする事が出来なくなった方もいます。私の叔母さんもその一人です。
以前テレビで農業学校の授業として学校で育てた家畜(牛)のシメ方を教えているという内容の番組を見た事がありました。
現代では幼少期に今回取り上げているラジオの内容のような経験をしてきた生徒は少ないはず。果たして無垢な少年少女に耐えられる授業なのかなと少し心配な気持ちになって見ていた記憶がありました。命を奪う授業内容としては刺激が強く、一足飛びであるような気がしますね。
Re:無題
トラウマを生む強烈な経験は公教育で強制的に行うべきではなさそうですね。
農業学校ですと本人の将来のためにも乗り越えておくべきハードルだとは思いますが。
どの教育も「本人の自己責任」になると
「意図せず好ましい強烈な体験」ができなくなってしまうことも危惧します。
難しい問題だと思います。
「虫をとって食う授業」なら将来虫が食えなくても問題無さそうです 笑
農業学校ですと本人の将来のためにも乗り越えておくべきハードルだとは思いますが。
どの教育も「本人の自己責任」になると
「意図せず好ましい強烈な体験」ができなくなってしまうことも危惧します。
難しい問題だと思います。
「虫をとって食う授業」なら将来虫が食えなくても問題無さそうです 笑
無題
せっかくなので。
小さい頃に祖父が飼ってる軍鶏を目の前で屠殺した事がありました。その時は確か祖父に「今夜は軍鶏食うぞ」と言われ、それを聞きニコニコ顔の私が軍鶏を殺すの知ってた上でついて行った記憶があります。
この軍鶏は祖父の趣味で喧嘩用に飼っていた物ですが卵は食べていましたし時々喧嘩で死んだ軍鶏も食べていたのでペットとかという感覚の物ではありません。
この日は私の為に普段は絶対に食べたりしないメスの軍鶏を殺す事になりました。オスに比べ脂がのってて身も柔らかく金柑もあり美味しいからです。
まず小屋から出したのを首をボキッと折って、鉈を使い頭落として、羽を捥いだ後、水を入れたタライに入れて血抜きをします。
この一連の流れをそばでずっと見てました。もちろんその時の私は始終ニコニコしてたと思います。理由は簡単です。ペットでは無く食料、それもごちそうだったからです。
もしこれがかわいがってるペットだったら相当ショックだったろうしトラウマで鳥なんて食えなくなってかもしれません。
今の小学生に行われている例のヤツは何故ペットとして飼うのかすごく疑問でした。最初から食べると決めて育てれば命を殺して食べる。それだけですむのにです。
無駄にいらないトラウマを植え付けて虐待してるようにしか思えないです。
食用に鶏やヤギ等を飼ってる家では普通のこの動物たちを愛情はあれどかわいがりはしません。情が移った動物を殺して食べるなんて・・・今の小学生が可哀想です。
小さい頃に祖父が飼ってる軍鶏を目の前で屠殺した事がありました。その時は確か祖父に「今夜は軍鶏食うぞ」と言われ、それを聞きニコニコ顔の私が軍鶏を殺すの知ってた上でついて行った記憶があります。
この軍鶏は祖父の趣味で喧嘩用に飼っていた物ですが卵は食べていましたし時々喧嘩で死んだ軍鶏も食べていたのでペットとかという感覚の物ではありません。
この日は私の為に普段は絶対に食べたりしないメスの軍鶏を殺す事になりました。オスに比べ脂がのってて身も柔らかく金柑もあり美味しいからです。
まず小屋から出したのを首をボキッと折って、鉈を使い頭落として、羽を捥いだ後、水を入れたタライに入れて血抜きをします。
この一連の流れをそばでずっと見てました。もちろんその時の私は始終ニコニコしてたと思います。理由は簡単です。ペットでは無く食料、それもごちそうだったからです。
もしこれがかわいがってるペットだったら相当ショックだったろうしトラウマで鳥なんて食えなくなってかもしれません。
今の小学生に行われている例のヤツは何故ペットとして飼うのかすごく疑問でした。最初から食べると決めて育てれば命を殺して食べる。それだけですむのにです。
無駄にいらないトラウマを植え付けて虐待してるようにしか思えないです。
食用に鶏やヤギ等を飼ってる家では普通のこの動物たちを愛情はあれどかわいがりはしません。情が移った動物を殺して食べるなんて・・・今の小学生が可哀想です。
Re:無題
詳細な体験を教えていただき
ありがとうございます。
そうですね。
「食用動物」の概念を持たない現代人が多い気がします。
実際にはスーパーで多くの食肉を食べているのに、
「ペット」としての概念しか持ち合わせていません。
(最近は以前の「ペット」よりも家族に近い親密さがあると思います。)
私はそれに違和感を感じ、
食肉処理について自発的に体験しようとしたのですが
多くの人は嫌悪感があることと思います。
この違和感の回避方法として「菜食」もアリだと思いますが
肉食を続けながら
うまく落とし所が見つかる食育・命の概念の教育というものを
見つけたいですね。
ありがとうございます。
そうですね。
「食用動物」の概念を持たない現代人が多い気がします。
実際にはスーパーで多くの食肉を食べているのに、
「ペット」としての概念しか持ち合わせていません。
(最近は以前の「ペット」よりも家族に近い親密さがあると思います。)
私はそれに違和感を感じ、
食肉処理について自発的に体験しようとしたのですが
多くの人は嫌悪感があることと思います。
この違和感の回避方法として「菜食」もアリだと思いますが
肉食を続けながら
うまく落とし所が見つかる食育・命の概念の教育というものを
見つけたいですね。
驚きを隠せません...
Mushikurotowaさん、はじめまして。こんにちは。
R.N.どんごりらと申します。シロテンハナムグリとシラホシハナムグリの違いを探るため検索をかけていたら偶然このblogにたどり着きました。探していた情報とは違いましたが、興味を抱き読み進めていると見慣れた番組名のタイトルが...非常に驚きました。
私の投稿がこのような形で紹介して頂ける事に戸惑いながらも、感動しております。
投稿では省きましたが、実はこの体験以前にも自身の手で虫の調理ないし食事はしておりました。ただそれは蜂の巣から直接蜂の子を取って口に運ぶ・花にたかっている蟻をつまむ(甘いかと思って)・ひからびたミミズを舐める、など感覚としては「木の実が成っていたのでそれを食べる」といったものと近い感覚でした。
おこがましくもイナゴの調理をするまで人間以外に命や痛みがあるとは理解出来ていなかったもので、初めて彼らに抵抗される事で大変なショックを受けたのを覚えております。
このblog面白いですね。昆虫食という一番の興味を引く内容を差し引いても、Mushikurotowaさんの考察や食文化についての見解に見応えを感じます。
もし良ければお話したいのでご連絡ください。
R.N.どんごりら こと山田より
R.N.どんごりらと申します。シロテンハナムグリとシラホシハナムグリの違いを探るため検索をかけていたら偶然このblogにたどり着きました。探していた情報とは違いましたが、興味を抱き読み進めていると見慣れた番組名のタイトルが...非常に驚きました。
私の投稿がこのような形で紹介して頂ける事に戸惑いながらも、感動しております。
投稿では省きましたが、実はこの体験以前にも自身の手で虫の調理ないし食事はしておりました。ただそれは蜂の巣から直接蜂の子を取って口に運ぶ・花にたかっている蟻をつまむ(甘いかと思って)・ひからびたミミズを舐める、など感覚としては「木の実が成っていたのでそれを食べる」といったものと近い感覚でした。
おこがましくもイナゴの調理をするまで人間以外に命や痛みがあるとは理解出来ていなかったもので、初めて彼らに抵抗される事で大変なショックを受けたのを覚えております。
このblog面白いですね。昆虫食という一番の興味を引く内容を差し引いても、Mushikurotowaさんの考察や食文化についての見解に見応えを感じます。
もし良ければお話したいのでご連絡ください。
R.N.どんごりら こと山田より
Re:驚きを隠せません...
>R.N.どんごりら 様!
ご本人とは!よく覚えております。お知り合いになれて嬉しいです。
このブログは昆虫ブログの中で妙に検索が上位になってしまっているようなのですが 笑
私が昆虫分類を始めたのは食用昆虫の開拓のためですので、
同定はまだまだ経験が浅く怪しいです。
分類をきっちりやっている他の虫屋さんのサイトでぜひ確認して下さい!
「抵抗されることで命や痛みを感じた」すばらしい経験だと思います。
現代人は肉食傾向が強い食生活をしながら、「命を奪って食べる」ということに
鈍感か、過敏かのどちらかになってしまっていると思います。
自分の生命観を養うためにも昆虫とのかかわりは必要だと思うのですが…
連絡先ですが、twitterもしくは食用昆虫科学研究会の「お問い合わせ」からだと
セキュリティ上安心かと思います。お手数ですがよろしくお願いいたします。
虫クロトワこと佐伯
ご本人とは!よく覚えております。お知り合いになれて嬉しいです。
このブログは昆虫ブログの中で妙に検索が上位になってしまっているようなのですが 笑
私が昆虫分類を始めたのは食用昆虫の開拓のためですので、
同定はまだまだ経験が浅く怪しいです。
分類をきっちりやっている他の虫屋さんのサイトでぜひ確認して下さい!
「抵抗されることで命や痛みを感じた」すばらしい経験だと思います。
現代人は肉食傾向が強い食生活をしながら、「命を奪って食べる」ということに
鈍感か、過敏かのどちらかになってしまっていると思います。
自分の生命観を養うためにも昆虫とのかかわりは必要だと思うのですが…
連絡先ですが、twitterもしくは食用昆虫科学研究会の「お問い合わせ」からだと
セキュリティ上安心かと思います。お手数ですがよろしくお願いいたします。
虫クロトワこと佐伯
ありがとうございます。
お返事ありがとうございます。食用昆虫科学研究会を経由して連絡させて頂きました。
衝動的にコメントを送ってしまい、「しまった、私がどんごりらという証拠がないじゃないか」と不安になってましたが、安心しました笑
では、連絡お待ちしてます。
衝動的にコメントを送ってしまい、「しまった、私がどんごりらという証拠がないじゃないか」と不安になってましたが、安心しました笑
では、連絡お待ちしてます。
Re:ありがとうございます。
ありがとうございます!
今お返事を出させていただきました。
よろしくお願いいたします。
今お返事を出させていただきました。
よろしくお願いいたします。
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プロフィール
HN:
Mushikurotowa
HP:
性別:
男性
趣味:
昆虫料理開発
自己紹介:
NPO法人食用昆虫科学研究会 理事長
このブログは以下に移動しました。http://mushi-sommelier.net
2008年「なぜ昆虫に食欲がわかないのか」研究を開始
食べたらおいしかったので「昆虫食で世界を救う方法とは」に変更。
昆虫の味の記載から、昆虫の特性を活かしたレシピの開発、イベント出展、昆虫食アート展覧会「昆虫食展」まで、
様々な分野の専門家との協力により、新しい食文化としての昆虫食再興を目指す。
2015年 神戸大学農学研究科博士後期課程単位取得退学
テーマは「昆虫バイオマスの農業利用へむけたトノサマバッタの生理生態学的解析」
2018年よりラオスでの昆虫食を含めた栄養改善プログラムに専門家として参加
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2008年「なぜ昆虫に食欲がわかないのか」研究を開始
食べたらおいしかったので「昆虫食で世界を救う方法とは」に変更。
昆虫の味の記載から、昆虫の特性を活かしたレシピの開発、イベント出展、昆虫食アート展覧会「昆虫食展」まで、
様々な分野の専門家との協力により、新しい食文化としての昆虫食再興を目指す。
2015年 神戸大学農学研究科博士後期課程単位取得退学
テーマは「昆虫バイオマスの農業利用へむけたトノサマバッタの生理生態学的解析」
2018年よりラオスでの昆虫食を含めた栄養改善プログラムに専門家として参加
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